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俺はその昔、極々普通の貧乏家庭に生まれ、極々普通に気弱でナイーヴで病弱で繊細な男の子としてド田舎の浜名湖に生まれ育った。 俺はものごっつ記憶力が良いので、ベビーベッドで天井につるされたクルクル回る音が鳴るヤツをおしゃぶりしゃぶりつつ見上げながら、「ド田舎やなぁ〜…」と思いながら育った。 そして自我が目覚め始めた4歳頃、新幹線の存在を知った。 俺の生まれた町の国鉄の駅は、新幹線と東海道本線が併走していたので、その圧倒的なスピードにはっきり言ってビビった。 俺は幼心に新幹線に乗りたくて乗りたくて乗りたくて乗りたくて乗りたくてしょうがなかった。 折しも日本は高度経済成長を完成しつつある昭和50年頃だが、まだまだお気楽一般町民が易々と乗れる乗り物ではなかった。 家にはグルグルチャンネルのテレビとグルグルダイヤルの黒電話。 手回し脱水の洗濯機と井戸と柿の木と近所は野良犬だらけ。 実に昭和やった。 でも俺は乗りたくて乗りたくて乗りたくて乗りたくて乗りたくてしょうがなかった。 俺は自分で言うのもなんだが、出来た息子なんで、ここが人生一度のワガママの言いどころと思い、今は無きおとんとおかんに東京旅行を提案した。 東京に行くなら新幹線に乗れる! 東京旅行はホンマに楽しかった。 新国際空港でジャンボジェット機のデカさに圧倒され、上野動物園でカンカンとランランをドアラを見るかの様な眼差しでしげしげと見て、そして行き帰りの新幹線のバカッ速やさに子供ながら悦楽を覚えた。 そりゃーもう楽しかった。 俺がそもそも田舎を出てなるべく遠くに行こうとしたのも、帰省に行き帰り新幹線に乗れるだろうと考えたもので、この頃決意したものだ。 夢の超特急の異名を持つ0系新幹線が11月30日の日曜日に引退した。 直前まで山陽新幹線でのみ走っていたのは知っていたのだが、いかんせん働くお気楽貧乏なんで、ヒマもカネもなくて結局、0系に乗る事は叶わなかった。 だんごっ鼻がたまらない0系。 新幹線に乗る夢を叶えるまでのあのワクワクは未だかつてそれを凌駕するものはない。 そして国鉄が民営化されて新幹線のサイドのブルーの所にJRの白い文字がペイントされた時は、カッコ悪くてガッカリしたもんだ。 俺には0系は今でも夢の超特急やった。 叶うものなら今一度あの0系に乗りたい。 あの狭くて固いシートは俺にとってはやっぱり今でも夢の超特急でしかない。 俺は別に鉄道マニアではないが、叶うものなら今一度あの0系に乗りたい。 |
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| 内 容 | ニックネーム/日時 |
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やっさん、こんばんは♪ |
ぶたまり 2008/12/03 21:52 |
いや〜是非ぶたまりさんにも一度新幹線に乗って欲しいですよ。 |
やっさん 2008/12/03 22:24 |
やっぱり何かを追う、夢を持つって素敵なことですね。胸がキュンッとしました。 |
美幸 2008/12/06 21:26 |
美幸ちゃんお疲れ様です。 |
やっさん 2008/12/06 21:48 |
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